「明日があるさ」
「明日(あした)があるさ」
この言葉は、なんかいい感じがします。希望の匂いがします。
今はしょうがない、と現実を受け入れる意味も含まれているような気がします。
まだ先のことでくよくよしそうな時にも「明日があるさ」と言うだけで、肩の力が抜けてラクになれることもありそうです。
「明日があるさ」には、「(明日もあるから)今日はいいんじゃないの」のような使い方があります。
「明日があるさ。だから、今日はこれ以上△△する(悩む/考える/やる/頑張る・・・)のはやめよう」とか、「今日は××だった(できなかった、うまくいかなかった、ミスをしてしまった・・・)けど、(こういう時もある/まぁいいか)明日があるさ」みたいな。
「明日があるさ」には、「つらいことがずっと続くことはない」のような意味が含まれています。
だから、つらい時にも「明日があるさ」と思えれば、ちょっと救われる気がするのではないでしょうか。
「どんなにつらいこともずっと続くことはない」「朝の来ない夜はない」というのは正しい見通しだと思います。
反対に、「もうダメだ」「もう立ち直れない」などと思ってしまうのは良くない見通しです。ふと、そんなふうに思ってしまうことがあっても、「そんなことはない。明日があるさ」と思い直すことができればいいのですが。
明日のために「今何かをする」ということが大事なんだと思います。
明るい将来のために、何かをやっているから/探し続けているから/努力しているから/頑張っているから、だから「明日があるさ」と言えるということもあるのではないでしょうか。
イヤな事・つらい事があってこれからの明るい見通しができなくなり、くよくよしない考え方がなかなかできないような時には、「明日があるさ」と楽天的に考えてしまっていいこともあると思うのです。少なくとも(明るい将来の)可能性は誰にでもあるのですから。
くよくよ考えるのと楽天的に考えるのと、どちらが将来にとっていいのでしょうか?
少なくとも今にとってはどちらがいいかは明らかです。意識して楽天的に考える努力をしてもいいのではないでしょうか。